久々なのに

あらま。結構更新してませんでしたね。気づいてましたけど。

先日、このブログを観ていない人が私に言いました。

「俺にはNSCAの資格は必要ないって書いてたそうですね〜」

やって。いつそんなこと書いたのやら。ACSMのことには触れたけど、そんな意味なんて全然含まれてないんですけど。比喩というか、1から10まで丁寧に文章書いてませんから、そういった捉え方をされるんでしょうかね。まあどうでもいいんですけど。

ちなみにACSMもNSCAも、私が言うまでもなくちゃんとした団体でしょ。私がACSMを更新しなかったのは、貧乏だからです。って冗談で書きましたけど、読むと何か悲しいですね。

こんな手抜きなブログですみません。

ポール

ストレッチポール売れてるみたいですね。メディアの影響はやっぱり大きいということでしょうか。ブルワーカーとか、ぶら下がり健康器とか、バランスボールみたいに、結局家にあるだけなんてことに…って余計なお世話ですね。メディアってのは難しいねえ。

話は変わって、数年前、ある団体(というか会社)の講師が、パーソナルトレーナー向けの講習会の参加者の質問に対して、でたらめなことを言ってました。

「先生、キネティックとキネマティックってどう違うんですか?」

「同じ意味ですよ。英語の読み方の問題ですよ」

「なるほどー」

でたらめすぎて、びっくりしましたけど、私が横槍入れるのもおかしいので、「やっぱりダメだなこの会社」って思ったのを思い出しました。結構多いんですよね。そういう無責任な適当さ。そのくせ、自分達のことをすげーと思ってるからタチが悪い。

いわゆる専門用語を並べても、その意味を突っ込まれたら全然答えられないなんて、格好悪いと思うんですけど、そういう人って、でたらめ言ってもバレない人を相手に商売するからねえ。

もう秋ですね。次は冬ですね。

今日は仕事である研修をしたのですが、ある参加者が、「あの〜何でしたっけ?タイガーなんちゃらってやつ…」。何だそれは?誰かが考えたトレーニングか?と思ったら、それは「トリガーポイント」のことでした。「ブログで書かないで下さい」って言われたので、期待通り書きましたよ。

さて、たまにパーソナルトレーナーとしてお世話になっている施設で、何故かお客さんから、「お腹に力を入れてトレーニングするんですよね」とよく言われます。何処の誰がどういった意図でそのようなことを言ってるのかわかりませんので否定はしませんけど、運動を難しくしているような気もします。

「お腹に力を入れて下さい」なんて、呪文のように言ったって、言われたご本人達は全然理解出来てませんよ。そもそも力ってもんは、必要な時出るもんじゃないんですかね。仮に必要な時に出ないのなら、「力入れて〜」なんて言ったって変わらんでしょうし。

まあ、「力を抜いて」っていうセリフも同じようなもんだと思いますけど。「○○さん、力抜いて下さいね〜」と言ったって、「わしゃ抜いとるで〜」ってガチガチのまま返事されるのが落ちでしょ。今日はこれでおしまい。

「諦め」と「保留」

数年前までは、S&Cコーチという形でプロスポーツに関わりたいと思っていました。そのような思いから少しずつ変わってきました。いわゆる一般の方々を対象にした仕事の奥深さや可能性を感じるにしたがって、以前にも増して、面白さとやりがいを感じるようになりました。

そのような変化の要因を、格好良く挙げるとすれば、様々な方と出会い、様々な経験をし、様々な世界を知ることにより、視野が広がったからと言えるかも知れません。しかしながら、違った見方をすると、今までの経緯の中で、(その時点での)「諦め」があったからとも言えると思います。

プロスポーツは門戸が狭いとか、生業として続けていくのは大変だとか、そういった理由もあったかも知れません。また、プロスポーツに関わるということは、選手の成績や選手生命に関わるわけですから、当然ですが生半可な気持ちや実力では出来ない、やってはいけないという思いも理由のひとつかも知れません。まあこういうことは、これだと特定出来るもんじゃないですけどね。

夢だの情熱だの成功だの、そういったものを掲げて気持ち良くなるのは勝手ですが、それらは実力不足を補えるものではありません。もちろん仮に実力があるからって、プロスポーツに関わることが出来るわけではありませんけど。契約しているわけでもないのに、選手と一緒に写真撮ったりして自身の売名行為に走ってるバカもいるようですね。詐欺ですな。

ちなみに誤解のないように付け加えておきますが、プロスポーツ選手や一般の方を上位・下位とカテゴライズしているわけでは当然ありません。念のため。

「諦め」があったからという表現をしましたが、「諦め」について考えると結構面白いものだと思います。このあたりは記事にするつもりはありませんけど、否定的に捉えるケースが多いような気がしますが、私はそうは思っていません。もちろんものごとは、色んな捉え方が出来るわけですけど。

「諦め」によって新たな選択肢が増えて、そこから何かを選択し、新たな道を試行錯誤しながらも歩んでいくと、過去に「諦め」と位置付けていたものが、「保留」に変わることもあるかも知れません。「奴は死ぬまで保留する」って言うセリフが麻雀の漫画でありましたが、死ぬまですべてを「保留」するのは面白くないと思いますが。

「諦め」から「保留」に位置付けが変わると、この「保留」は可能性のある選択肢のひとつとなります。一度諦める前よりも、より発展した可能性のあるものとして。だらだら書いた割には、途中で飽きてしまいました。相変わらず役に立たないこのブログ。見てくれてる人変わってますねえ。

結局何の話?ってのはいつもの話。

フィットネス業界のどこぞの社長さんは、謙虚とか言っておきながら、何故ブログにはいつも傲慢な文章を羅列しているのかと考えてみました。たぶんこの人にはいわゆる第三の道っていう発想がないんでしょうね。結局自分の考えを通したいだけでしょ。っていう妄想話。

さて話は変わって、「トレーナーは勉強し続けないとならない」なんていう発想は私にはありません。

目の前のお客さんに対して、自分自身の実力不足によって、納得してもらえなかったり、思うような結果が出せなければ、悔しい思いをします。性格の問題でしょうが、何となく誤魔化しての対応はしたくありません。だから何とかしたいと、何かに取り組み続けるわけです。

何かに取り組むって言ったって、自己啓発本読んで気分高揚させたり、似非心理学本読んで、お客さんを洗脳しようなんていう発想は、幸か不幸か私にはありません。情熱を人に押し付けたりもしません。

私の場合、お客様のためにとか、日本をハッピーになんてことが先立つ思考ではありません。自己中ですからね。自分自身が納得するための取り組みが、結果的にお客さんに感謝していただけるなら嬉しいものです。

たまたま良い結果が出て喜んでいただけるのは、ある側面から見ればそれはそれで嬉しいことですが、結果オーライを放っておくのは不味いと思いますし、やっぱり素直に納得出来ません。そりゃ性格ですから仕方ありません。

例えばパッケージ化したようなアプローチを、そのまま現場で、「やれば変化が出るから」なんていう安易な思考でやる人もいるようですけど、それも結果オーライ(かも疑問)だと思います。それを、「俺は結果が出せる」なんて思うのは危険だと思います。まあひとごとですけど私はそう思うということです。

また話は変わりますが、男性は理論的背景を求め、女性は感覚的なものを求めると言う人がいます。こういう傾向があるかないかは別としても、生業としてやっていくなら、どちらにも対応出来るに越したことありません。

学問を学ぶこと、感覚を大切にすること、決して相反することではありませんし、どちらも必要なことだと思います。ですから、「どちらが大事」とか、そういった類の主張や論争はナンセンスだと思いますね。要は、「結局あんたは何が出来るの?」ってことでしょ。私もしっかり何か出来なきゃねえ。
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